15年ぶりの再会
オーストラリア人の親友、カースティがパリに旦那と遊びに来た!彼女は私が16歳のとき、初めて海外ホームステイした先のホストシスターだった。同い年だけど、かなり’進んでいた’彼女。黒いスウェードのショートブーツにくるくるパーマの金髪でピアスをしてミニスカートにだぶだぶ靴下を履く彼女に大カルチャーショックを受けた。当時の私はと言えば、ダサダサ群馬からの高校一年生で受験勉強を終えたばかりの歯には矯正器をつけた’イケない’女の子である。スカートもひざ下丈だし(笑)、髪の毛もおさげ頭である(爆笑)。そんな彼女がなぜか私のことを気に入ってくれ、いろいろな「文化体験」をさせてくれた。夜は誰かのうちのパーティーに連れて行かれ、彼女は彼氏と忙しく壁際でディープキス。私は英語もままならず男の子に話しかけられても半分はわからない(笑)。プラス、こんな矯正器をつけた私に声をかけてくるなんてからかっているだけだろうと鼻っから冷たくしてしまったのを覚えている(あー、もったいない!)。そしてマリファナというものが存在するのもカースティーから教えてもらった。私から見るととてもクールで憧れの女の子だったカースティー。その後、なんと高校の日本語の教師になる。日本語もペラペラになってその後日本にも何度かやってくることになる。最後に会ったのは、カースティーの結婚式。私たちが20歳のとき。「ずいぶん早く結婚するな~。」と思ったのを覚えている。でもブライドメードとして選んでくれて、他のブライドメードと同じドレスを着て結婚式に出たのはとてもいい経験になったしとても強烈な思い出になっている。その彼女とはそれ以降もずっとメールでやりとりをしていた。そしてそれから15年たった今、彼女がいとこの結婚式でイギリスに来たついでに遊びに来てくれた。旦那さんのジェイソンも一緒である。もう2人の娘がいるカースティー。見た目は少し老けたかな~と思ったが、話してみると昔のカースティーのまま。かなり話が進んで、15年の月日をまったく忘れてしまうほどだった。でもやはり15年合わないでいると、いろいろ趣味、人生の考え方などいろいろ変化することに気づく。自分は変わっていないつもりでも、他人から見たらとても変わっているかもしれない。それはしょうがないことだと思う。カースティーとジェイソンは2人とも政治的には左派。ここはとても気が合って、話が盛り上がる。でも話して気づいたのが、カースティーの話はほぼ必ず「メーガンが…」「レイチェルが…」という出だしで始まること。メーガンとレイチェルとは彼女たちの2人の娘である。最初は良かったのだが、しまいには少し疲れてきた私。もちろん私もえりかっちがいるが、彼女のことばかりの話はできないな~。カースティーの今の生活が娘中心に動いていることがよくわかった。仕事もしていたが子育てが忙しくなったので、辞めて最近フルタイムママになった彼女。友人との付き合いも、子供がいる家族と家に呼び合って夕食といった感じだ。もちろん都市に住んでいるわけではないので、どこかレストランにというわけにもいかないのかもしれない。でもそれでとても幸せそうな彼女。やはり自分にしっくりくる選択をしている彼女はあいかわらず素敵だった。でも私の考えとは少し感覚が違うなーと感じた。私は子供のことしか話せtなくなったら落ち込んで私ではなくなってしまうような気がする。子供を自分のアイデンティティーにはできないし、えりかっちにはえりかっちの世界、私は彼女とは別の世界をずっと持ち続けたいと考えている。もちろんえりかっちも私のアイデンティティーの一部になっているが、50%まではいかない。30%くらいかな。だからといってえりかっちを愛していないわけではないし、子育てをしないわけでもない。彼女には彼女のポテンシャルを最大限に生かしてもらいたいし、そのための手助けを後ろからずーっとしていく覚悟である。でもえりかっちが私の生活の全てにはならないと思うし、そうしたくはないと考えている。やはり連れとの時間、自分との時間、大切な家族、友達との時間もあってこそ、私という人間が存在していると思う。でももちろん人それぞれ考え方、幸せの感じ方は違う。大切なことは、自分にしっくりくる選択をすること。そしたらまわりの言うことは気にしないこと。カースティーを見ていると、彼女的な幸せを見つけていて私もうれしくなった。では15年ぶりの再会は、彼女の新たな面を知ることができてすごく楽しかった。でもあの黒いスウェードのブーツを履いた反抗児カースティーがね~、すっかり頼れるやさしい母親になっていたのはびっくりした(笑)。
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